音大卒の母に学んだこと
私は
まさか自分が音楽を仕事に出来るなんて
思っていませんでした。
なぜなら
音大卒(京都市立芸術大学音楽部ピアノ科卒)の母親から、
音楽の道を志すこと、
音楽を仕事にすることの難しさを常々聞かされていたからです。
母は
幼少の頃から学校にいる時間以外は
ずっとピアノの練習をしたそうです。
ハードな毎日のツケが
大学受験前に肺結核・長期入院となって表れてしまい、
一時は進学を断念しそうになりましたが、
翌年一念発起して大学受験し、
入学したのが上記の大学でした。
大学時代も
ピアノの練習に明け暮れたにも関わらず、
大学卒業時にそれまでの経験を活かせる
就職先はありませんでした。
多くのピアノ科卒業生と同じように、
卒業後はピアノ教室講師のアルバイトを
かけもちしたそうです。
幸い
比較的短期間で
自身のピアノ教室を持つようにもなれましたが、
当時まだ学生だった父と結婚。
ピアノ教室の収入だけで
家計をやりくりしたそうです。
余談になりますが、
私を身ごもった時、
母はピアノ講師のかけもちと
自身のピアノ教室を開業した頃だそうで、
毎日朝から晩までピアノを弾いていたらしく、
お腹の中でずっとピアノの音を聞かされたせいか、
私は何故かピアノの音を聞くと妙に癒されます。
やがて
父が仕事に就き、
主婦業に専念出来るようになった母は
一時ピアノから遠ざかりましたが、
私の中学進学と同時に
実家の一室に防音設備を整えて
ピアノ教室を再開しました。
私自身も
幼少の頃は母からピアノを習い、
常に音楽がすぐそばにある環境に育ったので、
音楽への興味は元々強かったように思います。
しかし、
母は私に
『音楽は趣味にしておきなさい。音楽を仕事にしちゃ大変よ。』と
言い続けたのです。
音楽しかしてこなかった人が
そう言うなら間違いは無いだろうと思い、
音楽関係の仕事に興味はあったものの、
ずっと横目に見てきました。
起業のきっかけ
大学卒業後に
就職したのは金融業界。
音楽と対極にあるような業界ですが、
音楽とはまた違う楽しみを
仕事に見出して取り組みました。
金融業界の仕事に携わるにつれて、
学生時代から憧れていた
ビジネスの最先端を学べる
アメリカの大学へのMBA留学を
強く夢見るようになりました。
そして、
1998年(当時30歳)に
念願のMBA留学を果たしたのですが、
時折しもアメリカはITブーム真っ盛りで、
MBAに在籍する学生のアイディアを
企業が買いに来たり、
在学中に起業する学生がいたりしました。
留学前は、
金融業界の一流企業で
キャリア・アップしていくことしか
考えていなかったのですが、
そうした光景を目の当たりにして、
今思えば『起業もありだな』と
留学中に考え始めるようになっていました。
帰国後も
金融業界に勤めるようになったのですが、
仕事も落ち着いてきた2002年の秋頃に、
『そう言えば、起業ということも考えていたな』と
ふと思いだし、
自分の会社を興すということを
少しずつ真面目に考えるようになっていったのです。
起業関連の書籍・雑誌などで情報収集しましたが、
どれもピンと来るのはありません。
それと同時に仕事に慣れてきたこともあり、
何か習いごとでも始めようかとも考えていました。
そして、
足を運んだのが『趣味として楽しみなさい』と
言われ続けた音楽関係の教室でした。
歌を習ってみようかな・・・
今さら
楽器を一から習うのもどうかなと思い、
気軽に始められる歌を習ってみようと
新宿・渋谷・池袋にあるボーカル教室をいくつか見学したり、
体験レッスンを受けたりしに行きました。
すると、
どこの教室に行っても
立派な防音ブースがいくつもあり、
「メジャーデビューを目指しています!」と
いったような若い生徒さんがいっぱい。
30代も半ばに差しかかった自分が
今さらメジャーデビューを目指す気も無いし、
教室に馴染める雰囲気がありませんでした。
メジャーデビューなどを
目指す気はさらさら無いものの、
学生の時みたいに
文化祭やライブハウスのステージに立ってみたいな
という気持ちはありました。
なので、
教室主催のライブをやっていないか聞いてみると、
「やっていない」
「オーディションを兼ねたライブならやっている」
「やっているけど参加者が在校生の一部」
といった答えしか返ってきませんでした。
自分が通いたいと思う教室を作っちゃえ!
『自分が通いたいと思うボーカル教室がないな』
と思ったので、
『自分が通いたいなと思える教室を作ってしまおうか』
と考えました。
でも、
『音楽を仕事にしてはいけない』と
母親に言われ続けたので、
きっとダメだろうと思いながら母親に相談してみました。
すると、
『今は本業もちゃんとやってるし、副業としてならいいんじゃない?』と、
まさかのGOサインが出たのです。
もう成功するかどうかは気になりませんでした。
『音楽を仕事にできるかもしれない』
そう思えるだけで幸せでした。
そして、
2003年9月創業。
それ以来、
楽しいことばかりではありませんでした。
ツライことも多々ありましたが、
その度に乗り越えてこられたのは
『音大も出ていない自分が、音楽の仕事に携われているのだから』
という思いです。
そして、
これから苦難に直面しても、
同じ思いで乗り越えて行くのでしょう。